読書家志望 2008-03-26
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「もし人が、すべてを失い、〈心〉だけの存在になったとしたら、世界は、そして人生は、どのように見えるのだろうか」
とは本書の訳者のことばだ。その問いに偶然答えることになったのが本書だ。
映画の中にもそれを象徴する場面がある。ジャンドクがまさに昏睡から目覚めた直後のワンシーンだ。おぼろげな意識からやがて覚めてくるジャンドクだが、医師の質問に答えている「はず」なのに、なぜか通じていない。なかなか自分の置かれている状況が飲み込めず、医師の説明によってしだいに明らかにされていく病状から、ジャンドクは落ち着きを失い次第に呼吸が荒くなる。「誰にも通じない」そんな患者の絶望感、孤立感が伝わってくるようだ。
ジャンドクは確かにことばを失ってしまった。しかし、ジャンドクらしい感性や記憶、想像力までは失われなかった。そうした内なる想いを引き出すのに成功したのが瞬きコミュニケーションだ。以下は彼のことばだ。
「楽しみのためには、匂いや味についての、鮮烈な記憶をよみがえらせてみる。それは決して汲み尽くしてしまうことのない、人間の感覚の貯水池だ。残り物をうまく料理するコツがあるように、僕は今、思い出をじっくり煮込むコツに、磨きをかけている」
「生きている限り、呼吸をする必要があるのと同じように、僕は、感動し、愛し、感嘆したい」
こうした代替的なコミュニケーションを可能にした言語療法士を、彼は<守護天使>と呼び、こう言っている。
「言語療法は、もっと広く知られるべきものだと思う。舌というものが、ことばの持つあらゆる音を出すために、いかにさまざまな運動を無意識のうちに行っているか、まったく驚かされるばかりだ」
普段私たちは意識していないが、一言を発することさえ奇跡なのだということを、本書によって改めて思い知らされた。一瞬一瞬の奇跡に感謝しつつ、ことばをうまく使えない人を理解したい。