モワノンプリュ 2007-07-15
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イーストウッド作品を貶した回に、ウェインの「蓮實重彦かぶれのイモども」発言(p136)がある。ウェイン&ガースの青春時代はハスミ派の全盛期だったはずで、やっぱり意識してるんだよね(当たり前か…)。
で、2人のスタンスを考える上で、ガースの旧著『興行師たちの映画史』が参考になる(実はまだ積ン読なんですが、タイトルがね)。つまり映画トハ興行デアル、と。蓮實本人はともかく、ま、蓮實フォロアーには確かにその線は弱かった。
もう1点。俳優を評価するとき、ウェインはしばしば実人生と映画での役歴を混同する。例えば「実際に幼い頃に父親に家出されて、14歳の頃から道端で客取らされて、酒場で輪姦された」ジョディ・フォスターが『羊たちの沈黙』でクラリスを演じてるのはスゴイ、とか(p256)。もちろんガースがすぐにツッコミ入れるワケだけど、ウェインはおそらく、驀進してくる列車の映像に逃げ惑ったという、あの映画史初期の神話的観客を擬態している。そしてこの観客は現在なお、最も素朴な大衆的感性として生き残っている。蓮實は明らかにこの問題に意識的だったけれど、ウェインほどに過激に大衆を擬態することはなかった。
本書中には、ガースと青山真治のイザコザが報告されているが(p245)、これも上記のような伏線あってのことだろう。『チャリ・エン』なるバカ映画(ただし、興行的によく計算された)がキッカケらしいという点も、何だか意味深(p240)。
私は『ユリイカ』も好きだけど、青山がガースを「下衆」呼ばわりしたのは明らかに悪手。だってウェイン&ガースは、自ら下衆道を極めようとしているんだから(ただし最近のウェインには転向の兆しも見える)。